2007年11月30日金曜日

岬の先の白い建物


先週の週末、リスボンから電車で40分ほどの海岸の街、Cascaisに行ってきた。今年の7月に竣工した、Francisco Aires MateusのFarol de SantaMartaを見るためだ。
クリスマスイルミネーションの施された商店街を抜けて、10分ほど海岸沿いを歩くと、岬にポツリと白と青の縞模様の高い建物が見える。灯台だ。その下には真っ白い寄棟造りの建物が冬の冷たく青い空に映えて奇妙に見える。

 この建物は灯台を改築して、ポルトガルの灯台の歴史と海洋技術に関する数点の展示を行っている。入り口の門を抜けると、突然、目の前に一列に並んだ真っ白い塊が4つ見える。一見して大きいのか、小さいのかわからなくなるような白さだ。というのも見る限り、ベンチや窓といった人との大きさ関係を示すものが一切なく、敷地の一番奥に見える灯台だけが異質に見える。不意を付かれた驚きを前にゆっくりとその白い塊に近づいてみる。正面入り口からは見えなかった大きな開口部や小さなドアが見えてくると、中に置かれた家具がこの白い塊の大きさを教えてくれるかのようだ。

 この施設は旧灯台施設部分と拡張部分の二つから成っている。白い塊と入り口は拡張部分に位置し、旧灯台施設はその奥の海に面した部分にある。旧灯台施設には全部で3棟の寄棟と灯台があり、拡張部分と門型の壁で仕切られている。

 海岸沿いから見えた寄棟造りの建物は、よく見るとタイル張りの仕上げになっている。一定のパタンで張られたタイルは一枚一枚が微妙に歪んでおり、どこか味がある。3棟ある建物の天井型はそれぞれ異なり、寄棟、アーチ、切妻と3種類あるが建物内部は黒く塗装されていて、内部で天井の違いを認識することはできない。そのことが僕には少し残念だった。

2007年11月29日木曜日

ミサ


 他人にとっては何でもない場所が自分にとって、とても大切だったりする。

 写真はリスボンの旧市街地中央、ロシオ広場の脇にある教会。

 先日、この教会で行われたミサに偶然参加して、その独特な一体感に感動を覚えた。
 教会、朗読、傷んで欠けた壁、オルガン、十字架。

 人それぞれの思いが、自分の内側に向けられた眼差しが、そうした音や匂い、空気と一緒になった不思議な高揚感。

 荒廃した壁に割りと新しい屋根がかかっているだけで、これと言って、重要な建物でもないようだけれど、不思議な魔力を放っている。

 この教会は、去年の冬にリスボンを訪れた際、ふらっと立ち寄った場所でもある。
 
 ぼんやりと椅子に座っているとじわりじわりと、「このまま学生を卒業するか、外国で一年間生活できるか」という宙ぶらりんな不安が募ったのを思い出した。

2007年11月28日水曜日

空には鳥

 東京はもうそろそろ、息が白くなる頃だろうか。
リスボンは相変わらず、ぽかぽかとした昼時が続いています。
一週間ほど前はついに雨季が来たか!と思ったけど、どうやら一過性の雨だったようだ。
それでも、リスボンもだんだんと寒さを増してきていて、朝方と夜の冷え込みがきつくなってきた。

 冷たい空気が肌につく頃、東京の透明感のある空はどこまでも広がっていく。
そんな冬の日が僕は好きだ。

 リスボンの街におとずれたそんな冬の日。
突き抜けるような青い空には無数の鳥が乱舞していた。

2007年11月27日火曜日

人を案内して思うこと


 先日、アフリカに向かう途中の友人にリスボンを案内した。
多くの日本人にとって、ポルトガルというのはなかなか想像がしにくい国だと思う。
それこそ、江戸時代の貿易とかそのくらい遡ることになる。
 しかし、そうした未知の部分があるからこそ、新鮮で単純な驚きや喜びがある。
 この国を立ち寄る日本人の多くが、密かにそう教えてくれています。
 そして、そう思うと案内するのもなかなか楽しい今日この頃。。。
 写真はパンテオン屋上より旧市街、アルファマを見渡す。

2007年11月25日日曜日

クリスマス始まる!

 半月ほど前から始まったイルミネーションの飾りつけもいつの間にか終わり、ついに先週末から点灯が始まった。


 去年の12月、不安を胸にリスボンを訪れた時の事を思い出した一コマ。

2007年11月21日水曜日

頂けない煙



ポルトガルは日本に比べて、非常に喫煙率が高い。

街を歩いていても、くわえタバコ、ポイ捨てといったことを普通に見かける。

日本にいれば、これはマナーが悪いということになるんだろうが、国が変わればマナーも変わるということであまり文句も言わずにきた。

やおら、ポケットからタバコを取り出し、トントンっと指でタバコをつまみ上げ、慣れた手つきで火をつける。ふぅーっと空気を描いた煙が、ゆるく宙をたむろする。
そんなタバコを吸う仕草は時に魅惑的でもある。

だけど、食事中の喫煙だけは頂けない。
食後の一服を語る喫煙者は多いだろうけれど。。。

2007年11月20日火曜日

お昼を考える -これぞ、my life-


ここ数週間、お昼を家につくりに帰っている。

事務所のお昼休みは各自適当に取ることになっており、1時から2時半くらいの間になっている。
僕はポルトガルで長すぎるお昼休みというのに結構苦労してきた。特に一人で昼食をとると、話す相手もいない上、そんなに大そうな物を食べるわけでもないので、早く昼食が終わってしまう。かと言って、その足で事務所に戻っても、事務所に弁当を持参した人達のランチが続いており、下手をすると「まだ、働いてたの?」なんて聞かれたりすることもあった。


今年の夏頃までは事務所近くの惣菜屋で日替わりのメニューをそれぞれが頼んだりして、みんなで昼食をとることが度々あったが、そのお店の調理場付近にゴキブリを見てからみんな行かなくなってしまった。


その後は近所のレストランに行くことが多かったが、前出の惣菜屋に比べて値段が倍になるためあまり行くことがない。所員の何人かは家に帰ったりする。そういう状況もあって、僕も最近では家に昼食を作りに帰ることが多い。


そういう生活のサイクルは僕には不思議なほど新鮮で、楽しんでいる。特に、家に昼を食べに帰るという経験自体初めてかもしれない。家に帰る道々、昼の献立を考えたり(そんなに立派じゃないけど)、午後のことを考えたりする。事務所に戻ると、また朝と同じような始まりの気分になる。


事務所の所員(ほとんどが車で通勤)に比べて、家まで帰るのに時間がかかってしまうため、家に帰って、つくって、食べ終わるのにどうしても最低1時間半はかかる。

結果、僕は他の所員たちと大体同じくらいから働き始めることができるわけだ。

その上、自分で昼食をつくれば昼飯代は1ユーロ(160円)しないときた。


きた!


これぞ、my life



2007年11月19日月曜日

雨キタル

ついに、リスボンも雨季に入ったようだ。
毎日のように晴れていたリスボンも11月の始め頃から、時折肌寒さを感じる日が増えた。
今年は例年に比べて雨が降り始めるのが遅いらしく、僕の個人的な予想ではこうして寒くなるのもやや遅かったのではないか。
昼夜の寒暖の差が激しいリスボンではつい2週間ほど前まで、日中半袖を着ている人を見かけたが、今ではほとんど見かけなくなった。
写真は事務所の座席から見上げた空。


今、こんな空が懐かしくも感じるのです。


2007年11月18日日曜日

Seu Jorgeを聴け

  Seu Jorgeのライブに行ってきた。

 会場となったColiseu dos Recreiosは旧市街と接するRossioから歩いて10分程度の場所にある。
 現在、大通りとなっているAvenida da Liberdadeの裏側に位置し、その通りはかつて大通りとして使われていたらしい。
 会場の雰囲気は、ライブハウスに近い。 タバコ、撮影、(録音も?)可となっていた。
 この施設はおそらく古い建物の改装だが、その味は今ひとつで、外観が立派な割りに内部空間はイベント施設として使える最低限の空間構成だったと思う。主会場となるホールは円形平面で壁面部の客席は三層(一、二層は座席。三層目は立見席となっていた。)ホール入り口までのアプローチがいろんな意味でちゃっちい。。。

 そして何より驚いたのは開演9時になっても人の入りが今ひとつ。それもそのはず、最初にステージに上がってきたのは、なんと前座のグループだった。結局、そのバンドは45分近く演奏した後、一旦、中休みを経てSeu Jorgeの登場という構成になっていた。大物ワンマンライブに前座なんてあんのかよっ!と動揺。(ワンマンじゃなかったのかも。)しかし、ここリスボンでは普通のことなのか、Seu Jorgeの登場前には会場は超満員になっていた。

 中盤、ソロでDavid Bowieのカバーを何曲か演奏したが、ライブは終始、多彩な楽器から繰り出されるリズムと、タバコの煙が会場全体に立ち込めていた。そして最後のアンコールで客がステージ上になだれ込むというパフォーマンス。。。

満足度◎

07.11.12

2007年11月14日水曜日

建築批評について


大学の授業で書いた小さなエッセイの話をしようと思う。





これは大学の授業のひとつで、建物を各学生が批評しようというものだ。


言葉で建物を表現することの難しさや楽しさ。目に見える世界に自分の言葉を与えていくことは、何とも言えない面白さがある。実際に建物を目の前にすれば、全ての人がその建物を理解、あるいは体験できる。しかし、その体験はそれぞれ違ったものであり、自分の五感を通した体験に言葉を与えていくことはなかなか難しい。




自分の手によって描かれた文字の世界。



果たして、自分の見た世界を十分に描ききることができるか?

この授業を通して、「建築を批評するにはある程度の時間を置かなければいけない。何故なら、具体的な体験を客観的に見られるようになるまで、ある程度時間がかかる。」という言葉に大いに共感した。


そして、自分自身の言葉が文字という肉体を得ると、自分自身の書いた言葉が自分自身に戻ってくる、そういう問いかけを実感した。



このブログはその建築批評の経験をきっかけに成り立っている。




と、いうことで建築批評の宣伝になっただろうか。



2007年11月13日火曜日

不幸と話




私の友人・Kは「人の幸せなんて誰も聞きたかないぜ。」と言って人の幸せをうらやんだ。
そして、現実に起こった自分の身の回りの不幸を話してくれた。

私は話半分でそんな話に耳を傾けていた。

だが次第に、その話が必ずしも不幸な話であるとは限らないことにも気がついた。

「どうして君の不幸はそんなに面白いんだい?」と尋ねてみた。

「そりゃ、不幸を不幸として話したら、君、やっぱりお互い耐えられないじゃない。」

「本当の不幸ってのはやっぱり人に話せやしないんだな。それに、本当の不幸は本気でその人と切り結ばなきゃならない。不幸には人を結びつける力もあるんだよ。」


「だけど、それに失敗したら、そいつとはもうそれきりだね。それっきり。」
07.9.12

2007年11月7日水曜日

コーヒーカップの割れ目から


普段の何気ない生活が見えた。

あぁ 7ヶ月。

2007年11月5日月曜日

古い街で安心

上の写真はチェコ、プラハの広場


広場に燈るオレンジ色のナトリウムランプは夜の雰囲気を一層引き立たせてくれる。

ヨーロッパと日本で広場ほど違うものもないだろう。ヨーロッパの広場は街の中心としての役割を果たし、外国からやってくる人に対しても同じように開かれている。

 私はこういうヨーロッパの広場が好きだ。これに似た広場が日本にもあるだろうか。そう思いながら、この広場を眺めてみる。

 壁のようにそそり立つ巨大な教会が視覚的に街の背景となって、広場に固有性を与えている。この教会がこの広場から見えるという事がどれほどの意味を持つかは言うまでもない。そして、この広場と教会の関係はそう簡単に変わることはない。こうしたヨーロッパの広場は、永い間、変わることを許されない退屈さを含んでいる。

 だが、どこか人を安心させてくれるものではなかろうか。


見知らぬ人が出会う異国の広場にて。 07.08.20

2007年11月4日日曜日

外国で初体験

リスボンに来て早、半年。

ここ最近、自分の時間と仕事とのバランスが非常にいい毎日を過ごしている。
そんな余裕もあってか、日本料理に挑戦してみることに。

お寿司。

初めて作ったにしては上出来といえる味だったと思う。
握り寿司まで作ったが、人生初ではなかろうか?
さすが、外国生活。。。
なーんて、自分をからかって苦笑してみた。