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2008年11月25日火曜日

片道1時間半の通学路




日本に帰ってきてからずっと実家暮らしが続いているわけですが、

何がきついって通学が一番きついです。

これまで、大学近くに下宿してたから、ほとんど苦にならなかったけど、

さすがに片道1時間半は1週間もすると疲労が溜まりますね。


リスボンにいた頃の通勤時間は30分くらいだったけど、


天気がすこぶる良かったし、トラムに乗っても大体の場合が座れて、朝の軽い運動みたいな感覚で通勤してたなぁと今更ながら思います。



あれは本当に良い暮らしだったんだなと思い出だしながら、この毎日の通学時間を楽しめないかと、いろいろ思案するんですが、なかなか思いつかない今日この頃です。。。

2008年11月18日火曜日

只今室内15℃


昨日(11/11)、あまりの寒さに暖房をつけた。いやつけてしまった。
毎年のことだが、暖房をつける時というのは勇気がいる。
この程度の寒さで暖房をつけてしまったら、この冬を乗り切れるだろうか。。。
という一抹の不安に駆られるからだ。
散々考慮した挙句、結局エアコンのスイッチを押してしまうのは余程寒いか、
予め周囲の様子を伺ってからというわけだ。

余談だが、ポルトガルの冬も日本ほどでないが寒かった。しかし、私の下宿先には暖房器具はなく、寒くても寝具の量が増えるだけだった。(質じゃないよ。量ね。)

兎にも角にも、昨日は寒かった。つまり余程の寒さであった。
しかし、困ったのは今日だ。

一度、暖房の暖かさを知ってしまった日には、なかなかその誘惑に勝てない。
果たして、今日暖房をつけずにいられるだろうか。
そして、明日も。。。

2008年11月8日土曜日

ショック



先日、いつものようにパソコンの電源をOn。
vai〇(社名は伏せます)のロゴの後、ウィンドウズのロゴが表示されると画面に1㎜程度のピンク色の線があることに気付く。
イントロ部分が終わって、デスクトップのスクリーンにもその線は残った。
僕は一張羅にシミを見つけたような嫌な気分になると、すぐさま再起動を行う。
すると、

!

線が二つにっ!!

しかも、最初の一本目とは比べ物にもならぬ3センチもの白い線が現れる。

!!!

即、サポセン(サポートセンターの蔑称)に電話。
手短に用件だけ言いたい気持ちとは逆に、電話の向こうでは機械音声がのらりくらりと対応してくる。
4の5の言ってないで早くしろよっ!という気持ちは機械には一切通じず、オペレーターと話すまで4回。

こちらの苛立ちとは裏腹に、オペレーターの冷静さがやけに鼻につく。
展開は案の定、修理及び不具合の検査ということで、パソコンを郵送。

後日、電話がかかってくると。

「お客様、・・・修理代金・・・大変高額となっております。」
私はその金額を聞いて、文字通り耳を疑う。
「10万円っ!!」

「はぁっ!?(そんなの新しいの買えってことだろっ! たかが液晶だろっ!)」

散々、自分の非による破損ではないことを訴えるも悲しいかな、返ってくるのは「当方としましては・・・」「申し訳ございませんが・・・」という敬語ばかり。
私は怒りに任せて
「では、お聞きしますが、修理を依頼したとして、修理部分には一体どのくらいの保証期間が付くのですか?」

すると
「3ヶ月でございます。」
馬鹿にすんじゃねーよ。

挙句の果てに
「検査費用3500円でございます。」



私は切れた。そしてここで小さく恨みを晴らしてみたりしている。









2008年11月3日月曜日

秋口


東京では秋の気配を感じる今日この頃。


一年前のリスボン生活と比べると、季節の変わり目を日本では強く感じている。


単純に落葉樹とか多いせいかな。


夜の帰り道、空気の冷たさに何となく厳しさを感じるのは気のせいだろうか。。。


2008年7月15日火曜日

めがね


最近、眼鏡を新調した。
僕は裸眼で1.7程度まで見える。
cマークで言うと下から2,3段目まで見え、歳の割りにかなり眼が良いという部類らしい。
一方で片目が斜視でもあり、よく見え過ぎることもあって眼精疲労がひどかった。

ポルトガルにいる間、この斜視が進行したような気がしていて先日まで眼科に通院していた。

生活に支障がないまでも、鏡に映る度に僕の右目は他所を向いており、時にはいくらがんばっても鏡の向こうの自分と見つめ合うことができない。


以前にも書いたが、斜視による疲労がピークを迎えると、見ているものが10㎝から20㎝遠ざかる。この体験は吐き気を伴う酔いに似ており、幼少時は不吉な出来事のようで怖かった。読書を勧められて、「読むと字が遠くに行ってしまうから嫌いです」と断ると「意味の分からぬことを言って、格好をつけるな」と叱られる事がよくあった。


その他にも、鏡の前で右目がスーッと外側へ離れていくと「あぁ、俺は左目で右目を見ているんだな」などと下らない事にひどく感心したりしたこともある。


聞くところによると、人間の目が最も良い時期は12歳から15歳程度で、人間の老化が最も早く始まる部位でもあるらしい。そのため、眼鏡などで年齢に応じて、眼の周囲の筋肉を補助するようなケアが必要になる。焦点を合わせる為の眼の周りの筋肉が衰えるからだ。


まぁその結果、まんまと眼鏡を買わされてしまった、と言うことなのだけれど。。。




2008年7月14日月曜日

最終回


あぁ、CHANGEの最終回を見た。
というより、見てしまった。(しまった!)

この連ドラは月九と呼ばれる、フジテレビの看板枠として有名らしい。
今回はキムタク扮する朝倉総理という連ドラでは異例の政治ものだった。
放映開始を他とずらしたりといろいろなプロモーションも行っていたらしい。

僕は長くテレビのない生活をしていたこともあって、ドラマなどここ数年ほとんど見たことがなく、
普段の会話でもテレビで流行の芸人ネタとか振られても全くの無反応ということが多々あった。

そんな生活も最近では一応テレビが眼に入る生活に変わって、
時々ぼんやりとテレビを見てしまうことが増えた。
見ているというほど真剣ではなく、「見えている」といったところか。。。

CHANGEの最終回は朝倉総理が組閣問題で窮地に立たされ、総理として辞任を決意するところで終わる。ところが、辞任に加えて内閣を解散するとも言う。この内閣解散宣言が20分近い総理の独演となって見所なのだ。多分、この「解散」という発想がドラマならではなのであり、「さすが朝倉総理!」ということなっている。

だが、よく考えるまでもなく野党は何をしているんだろう?
だいたい、野党の影が薄すぎだろっ
「解散」なんて組閣で不祥事が起これば野党がすぐ飛びつきそうなもんなのに。


総理は独演の中で、自分の政治に関する無関心をはじめ、総理の職に就くことで政治に関わる大変さや情熱などを語る。多分、その姿は多くの視聴者を対象としたそこらにいる普通の人の代弁でもあると思う。だが、この解散という結末に「すげえぇ」なーんて思ってる人が沢山いるとしたら、それはそれで大変なことじゃなかろうか。。。



2008年7月4日金曜日

雷の夜


今朝方、雷の音で目を覚ます。
外はまだ暗く、どうやら外は雨が降っているようだ。
遠くから次第に地面を叩く雨の音が近づいてくる。
梅雨のまとわりつくような空気に気が付くと、
まどろんだ体に反して意識の奥のほうが冴えてきた。

「ゴロッ」と空が砕けるように雷が鳴ると、
何だか不安な気持ちになって
部屋の中に人影を探してみる。
隣の部屋に聞き耳を立ててみる。
次の瞬間、ドアが開く、開く、開く。。。


部屋はシンッと静まり返ったまま
僕は息を呑んでその時を待っていた。
「殺られるっ!」という不安だった。

ここ数ヶ月に起きた殺人。

僕は僕と何の関係もない人に殺られたりするんだろうか。
ぼんやり、自分の不安の正体を探って
漠然とした社会に対する不安を抱え、今日もまた眠る。


2008年6月16日月曜日

お見舞い 日本





最近、日本では信じられないような事件や天災が起こっている。

僕が日本に帰ってきて3ヶ月、その間にも随分ショッキングな事件が起きた。

次々に起きる事件がもはや他人事ではない気がするのは、

それだけ衝撃的だからなのか、

それとも、僕が社会に目を向けられる歳になっただけなのか。。。

2008年6月2日月曜日

つ ゆ

始まりました。
今日から関東地方は入梅です。
東京のジトッと重い空気が好きだったんだな、
と思う今日この頃。
街には雨が近づく時の独特な匂いが立ち込めている。
明日は、きっと雨。

2008年5月11日日曜日

五月


帰国後、一月が経った。このブログもポルトガルから帰って来てしまった今、どうしたものかと考えていたところです。ポルトガルでの生活はこのブログを見る限り、やっぱり楽しい一年だったんだな、と改めて思う一方、帰って来てまだ一ヶ月ほどしか経っていないことに驚いたりもする。


今後は身の回りで起きたことや考えたことなど、ポツリポツリと書き留めていこうかなと思っています。


2008年3月14日金曜日

ロード・ムービー



ポルトガル南部へと日帰りで出かける。

リスボンも日中かなりの暖かさだが、アレンテージョと呼ばれるポルトガル中部から南部にかけての気候は既に夏を連想させるものだった。
日中の暑い陽射しを避けて、影を見つけて歩く。

まだ、影の中は心地よいというよりは肌寒かったけれど、日向に比べると随分と温度差があった。
リスボンに向けて鈍行バスで帰ることにする。 ハイウェイを使わず、田舎道をバスに揺られながら帰ってきた。

西の空が赤く夕暮れ始めても、なかなか陽が暮れず、薄く淡い夕日を受けた景色がどこか懐かしかった。

2008年3月9日日曜日

ひなびた景色ポルトガル



ポルトガルの僻地を訪れる。ポルトガルの良さはなんと言っても、天候の良さと景色ではないかと思う。ポルトガルにはまだ自然がかなり沢山残っており、リスボンからバスで20分もすれば、見渡す限り緩やかな平野がどこまでも続いていく。
時折、高速道路からは牧畜用の羊や馬といった動物の姿も見ることができる。そういう極めて平和な景色に見飽きて、睡魔が襲ってくる頃、遠方の丘の上に小ぢんまりとした町、あるいは村が見えてきたりする。


ポルトガルはかつて、スペインやイスラムからの侵略に備え、町を軍事上の拠点として利用するために丘陵状の地形を好んだ。晴れていれば、かなりの距離を見渡すことができる丘陵部頂上に城壁を作り、その裾野に町が等高線上に配列される。ひょっとすると、昔はこの城壁の上からの眺めも、清清しさに溢れたものではなく、もっと不安と緊張の強い場所だったのかもしれない。しかし、かつて戦略上の理由から生まれた多くの町が今では、絶好の観光スポットとなっている。


こうした自然の静寂とのどかな景色を前に、思わずため息を漏らし、人は無言で見とれてしまうばかり。。。

2008年3月8日土曜日

ポルトガルで3月



日本に帰るまでの約一月、ポルトガル国内の旅行を使用かと検討中。


そんな検討の横目に、旅行は既に始まっている。ポルトガルで知り合った人たちと国内を回ってみる。ポルトガルは日本にほとんど紹介されていないので、まだまだ観光的に未開拓な土地であり、現地での情報だけが頼りだ。


日本のガイドブックに載っていないような場所、例えばレストランとかカフェとか、大半はガイドブックに紹介されていないようなところばかり。

加えて、リスボン市内の改修工事を行っていた場所も昨年末から公開されたりしている。昨年4月に訪れた際は閉まっていた場所だ。その当時は僕がこの地を去るまでに公開されるかどうか分からないと言われた程、公開の延期に告ぐ延期を繰り返していた。上の写真は昨年末に改修工事を終えた、リスボンの中心の駅舎Rossio
約一年間の事務所勤めを終えた今、この3月は贅沢にポルトガルの生活を楽しみたいと思う。今日この頃。。。


2008年3月3日月曜日

斜視の独り言


「母さん!僕、本を読んでいると、突然文字が遠ざかったんだよ!今まで20センチくらいのところにあった文字が15センチくらい僕から離れていったの。 」

僕は子供の頃、この経験をよく、した。
特に活字が羅列する小説などを読んでいる時に限って、こうしたことが起こり、集中力が高まって文字の世界へ没頭し始めた頃、突然字図らが僕から遠ざかっていく。僕は何か良くない事の前触れのような気がして怖くなると、本を閉じた。

僕は自分の右目が斜視だと知って、鏡の前に立つ。僕らは鏡の前で互いに睨み合いながらも、彼の左目はゆっくりと外へと、離れていってしまう。
斜視であることに自覚的になった頃、子供の頃の経験に自分なりの解答を一応、見出した。

最近も時々起こるこの体験は、何かに、特に読書が中心だが、集中する時に起こる。

のめり込む一歩手前かのめり込んだ一歩先で、不意に自分の行為を考え直してみる、そんな事だと思う。子供の頃の僕はそのまま読書を止めたが、今ではそのまま読み続けることもある。

リスボンの行き慣れたカフェで、浅く腰掛けた椅子から背後に広がる景色を眺めてみる。
逆さまに見たリスボンの見慣れた景色が今まで見たこともないような場所に見えて、そのまま写真に撮った。
あの時、多分、僕の右目はどこかを泳いでいたに違いない。

2008年3月2日日曜日

向こう側



行きたい場所がある。
行きたい、と思わせるような場所。

それは不思議な予感を与えてくれる場所だ。
そして、その予感を裏切らない。


2008年2月27日水曜日

帰


そろそろ、本格的に日本に帰る準備が必要になってきた。
でも、周囲にそうしたことをなかなか言い出せずにいた。

この居心地の良さを背景に後半年いれば、後一年いれば、
そういう気持ちでもって接したいことは山ほどある。
否、山ほどできた。

言葉とか歴史とか、訪れたい場所とか。。。
こうした気持ちがこの地に来る前より大きいことは確実だ。

しかし、だからと言って、ここに残りたいと思うのは
勢いと楽しさに任せた自分自身に対する無責任でもある。

だから、3月25日、日本に帰ります。

2008年2月19日火曜日

僕は日本人



僕は昨年の4月にポルトガルに来た時、
一切日本に関するものを持ってこなかった。
 
しかし、一年と経たぬ今、箸や醤油を使って食事をするようになり、
日本の雑誌などを読んでいる。
 
こうした自分の変化を見る限り、
自分が日本人であることを思わないわけにはいかない。
 
そして、ここまで来なければ、自分が日本人であることを、
これ程まで意識することもなかったのかと思うと
少し反省したい気持ちにもなるのだった。

2008年2月8日金曜日

時間切れ。


将棋の長考にも制限時間がある。

僕たちの命にも限りがある。

今見てる夕日ももうすぐ暮れる。

そして、このリスボンでの生活もまた。。。

万物が有限だと知って、人は初めて前向きになれるのかもしれない。



2008年2月3日日曜日

仰げば空

ここ数日、ポルトガルを訪れる人たちの案内に追われていた。
平日、なかなか観光に同行できぬなりにいろいろとリスボンの名所を教えたり、休日は僕なりの観光プランを元にリクエストに答えるように予定を組んだりして楽しんだ。
リスボンでの暮らしがそろそろ終わりを迎えつつある最近、僕はやはり名残惜しいような気持ちになることがある。

曲りなりにも暮らすというのはそういうものか。

日本からやってきた知人は日本の生っぽい空気をまとって、そしてそんな空気をまとったまま帰って行った。僕は彼らの足早な観光に、残り一月足らずのこの生活の早さを見るような気がして、少し寂しく空を見上げてみる。見送りの終わった帰り道で。

2008年1月24日木曜日

一息

思いがけず、忙しい日々が続いた。
今の自分の疲れが、どことなく自分の油断を象徴しているようで反省。
とはいえ、ようやく一段落。
日常へ
只今帰れました。
My sweet home.