
大学の授業で書いた小さなエッセイの話をしようと思う。
これは大学の授業のひとつで、建物を各学生が批評しようというものだ。
言葉で建物を表現することの難しさや楽しさ。目に見える世界に自分の言葉を与えていくことは、何とも言えない面白さがある。実際に建物を目の前にすれば、全ての人がその建物を理解、あるいは体験できる。しかし、その体験はそれぞれ違ったものであり、自分の五感を通した体験に言葉を与えていくことはなかなか難しい。
自分の手によって描かれた文字の世界。
果たして、自分の見た世界を十分に描ききることができるか?
この授業を通して、「建築を批評するにはある程度の時間を置かなければいけない。何故なら、具体的な体験を客観的に見られるようになるまで、ある程度時間がかかる。」という言葉に大いに共感した。
そして、自分自身の言葉が文字という肉体を得ると、自分自身の書いた言葉が自分自身に戻ってくる、そういう問いかけを実感した。
このブログはその建築批評の経験をきっかけに成り立っている。
と、いうことで建築批評の宣伝になっただろうか。
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